強い雇用統計はワールドカップが原因ですか?
【編集部より】雇用統計発表と市場の大きな揺れが重なった後、多くの投資家から似た質問が寄せられました。主に2点に集中しています。1つは最近の雇用統計がイベントと関係しているかどうか、もう1つはなぜ雇用数が予想を大きく上回ったのかという点です。そこで、最近の主催州と非主催州の新規失業保険申請データを比較し、また米国が過去に大規模スポーツイベントを開催した後の雇用変化もさかのぼりました。現時点の証拠では、イベントが今月のレジャー・飲食業雇用増加の主因であるとは言えません。私たちは、アメリカの雇用回復は年初から徐々に明確になっており、その背景には昨年の予防的利下げの遅行効果や最近のグローバル製造業サイクルの回復があると考えます。最近の雇用の強さを一つのイベントに簡単に帰因させることで、むしろ注目すべきサイクルシグナルを見逃してしまう可能性があります。
1、質問1:今月の非農業部門雇用の強さはイベントによるものか?
今月の非農業部門雇用では、レジャー・飲食業で7万人増加し、3〜4月を大きく上回りました。レジャー・飲食業の強い採用が先行雇用の表れとする見解もありますが、私たちはこれに慎重な立場です:現状の証拠では、今月のレジャー・飲食業雇用増加の最重要要因だと断定できません。 具体的には以下の3つの理由があります:
理由1:新規失業保険申請者数では主催州と非主催州に顕著な違いがない
地域別の5月雇用統計はまだ公表されていませんが、新規失業保険申請データは5月第23週まで発表されており、5月の非農業部門雇用統計の集計期間をカバーしています。したがって、新規失業保険申請の比較により、イベントが各地域の雇用状況に与えた影響を推測できます。
11の主催都市がある10州(カリフォルニア、テキサス、ジョージア、フロリダ、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、マサチューセッツ、ミズーリ、ワシントン)を「主催州」とし、他を「非主催州」と分類しました。図1はこの2グループの4〜5月の新規失業保険(季節調整なし)の推移比較です。年初以降、どちらのグループも新規申請者数が前年より減少し、推移もほぼ一致しています。絶対水準でも前年比増減率でも、主催州の労働市場がより早く引き締まった兆しは見られません。むしろ4月以降、非主催州の新規失業保険申請者数の前年同期比減少幅の方がやや大きい傾向です。
図1:主催州 vs 非主催州の新規失業保険申請数・前年比変化の比較

データ出所:Fred,GMF Research
理由2:米国が過去に主要スポーツ大会を開催した際も、雇用への影響は明確ではない
歴史的に、米国でも1984年ロサンゼルス五輪、1994年W杯、1996年アトランタ五輪、2002年ソルトレークシティ冬季五輪などの大規模スポーツイベントを複数回開催しています。
開催月を基準(t=0)に、上記4イベントの前後6か月(t-6〜t+6)の非農業部門のレジャー・飲食業と全体雇用の月次増加を観察しました。図2が示すように、開催月周辺で全国的に顕著な雇用のバーストや、「レジャー・飲食業雇用が先に増加し、その後減少」という傾向はありません。4大会の開催月のレジャー・飲食業の増加は多くが事前ラインと同程度か、それ以下であり、全体でも特別なジャンプは見られません。論理的にも、たとえ主催州レベルでレジャー・飲食業が伸びたとしても、全国の雇用全体に占める比重は小さく、トータルの変動に埋もれがちです。
図2:過去4大会開催期間前後の米国非農業部門雇用とレジャー・飲食業雇用

データ出所:BLS,GMF Research
理由3:ベージュブックやサービス業PMIの企業コメントにもイベント関連への言及が見られない
定性的な証拠として、FRBベージュブック(アトランタ・マイアミ両主催都市を含む)最新号では、現地の観光需要はエネルギー・出張コストの上昇で弱含みと明言しており、中東の影響による原油高、関税、AI/自動化の生産性向上が主線で、イベントに関する表現は見られません。ISMサービス業PMI参加企業コメントは「春の好天が活動の回復を後押し」「低消費者信頼感と高住宅ローン金利が重し」という記載のみで、イベントの言及も同様にありません。
質問2:なぜ雇用者数が大きく予想を上回ったのか?
実はアメリカの雇用回復は年初から既に明らかになりつつあり、5月の非農業部門はこのトレンドの確認に過ぎません。図3は米国全体の非農業雇用、民間雇用、工業部門雇用(左軸)の増加数3カ月移動平均を示していますが、5月データを除いても年初来すでに2025年下半期のマイナス成長トレンドから反転し、底打ち回復しています。同様にADP民間雇用(小)の週次データも年初から回復基調であり、5月だけが特異値ではありません。
図3:新規雇用、新規民間部門雇用と工業部門新規雇用(3mma)

データ出所:Haver,GMF Research
図4:ADP小型民間雇用新規雇用数(週次値 vs 月次値/4)

データ出所:Haver,GMF Research
年初からの雇用市場の回復傾向は、過去のソフトランディング後の利下げパターンと一致します。過去のソフトランディング降息後の中央値パターンでは、失業率は利下げ開始後「継続的な低下」から「横ばい」に、その後3四半期後に再び下落します。今回のソフトランディング降息(2025年9月)でも、失業率の推移(上昇後の反落後横ばい)は過去トレンドに沿っています。このルールどおりなら、失業率は年央にさらに下落し、年末には4%近辺となる見込みです。
特に今回の工業部門の雇用回復は、サービス業雇用よりも重視すべきで、情報量も多いです。過去3か月、米国工業部門(goods-producing industries)は月平均7.5万人の雇用増で、昨年半ばは-7.7万人だったことを考えると大きな変化です。過去の傾向では、製造業雇用はよりサイクル性が強く、PMIサイクルとの相関も高い(図6)。年初以来、世界のPMIが複数要因で同時に底打ち・回復し、米国ISM PMIは54まで上昇、これが工業部門雇用データの回復を後押ししています。
図5:米国歴史上のソフトランディング降息前後2年内の失業率推移
(紫は今回、赤は過去中央値)

データ出所:GMF Research
図6:工業部門雇用と米国ISM PMIは高い正相関

データ出所:Haver,GMF Research
以上より、最近の米国雇用データの持続的な改善は、以前の金融政策緩和と世界的な製造サイクル回復の自然な反映といえます。これをイベントなど一時的な要因だけに帰因させるのは「木を見て森を見ず」の誤りであり、持続的な雇用市場改善を見誤ることになりかねません。つまり、今月の強いデータを単なるイベントの結果とするには根拠が乏しく、むしろ注目すべきサイクルシグナルを見落とす恐れがあります。
もちろん、株式市場は金曜の雇用統計に対し「過剰反応」でした。理論上、10年米国債実質金利が10bps上昇するとS&P500はおよそ0.7%下落のはずですが、金曜は10年利回りが8bps上昇しただけでS&P500は2.6%以上の下落、歴史パターンを大きく上回る下げとなりました。これは、直前の大幅上昇の背景にあったポジション脆弱性こそ、市場の過剰なパニックの真因であることを示唆しています。
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